2017/03/10

駅弁『金目鯛西京焼弁当』と、新幹線内の会話。後半がとても長文です。

伊豆方面でのお仕事のあと、最終日は帰るだけ。
宿の最寄は伊東駅。
このまま上野東京ラインに乗りっぱなしなら伊東駅でお弁当を買いますが、クライアント側が用意してくれているチケットは熱海から新幹線。
んじゃ、熱海で弁当買いましょ。
ホテルに朝食ついてなかったので、おなかペコペコ。
伊東駅近くに煮魚とかの朝ごはんが食べられるお店があるっぽいのですが、大荷物だし、12席くらいしかないみたいだし、なんとなく今回はスルーしました。

熱海から東京まで、1時間以内に着いちゃうので、軽いものを...

東華軒の『金目鯛西京焼弁当』に、してみました。
小田原のお店なんですね。
税込950円。


箱がテカります...。

じゃーん!


蓮根の主張が激しいです!
大好きだからいいです!
酢蓮なのですが、やわらかい味でツンときません。
この下にも金目鯛がいますよ。

金目鯛は、わたし、実はよくわからないのです...。
あまり食べる機会がないからか「おいしい!」と思うこともなければ「不味い」と思うこともないし、食べたーい!と思うこともなく、あればおいしくいただきます。。
鯵の押し寿司や鯛飯はまあよくあるので、金目鯛にしてみました。
また食べたーい!とは、思うか思わないかは微妙ですが、また熱海で駅弁買う時にはこれ選んじゃうかも〜。

うちは魚焼きグリルが炭化しちゃってて、炎上するので使えませぬ。
大家である父に直してもらえばいいんですけど、勝手に選んで勝手にカスタムされそうなのが嫌なので「用は足りてるからほっといてくれ!」と言っています。
3つあるコンロのうちの1つが着火部品が壊れてるんですけども、
『隣のコンロと同時着火して隣から引火させれば使えるよ〜。ほら!』
と、数年に一度来るガス点検のおじさんは言いますが、怖いわな(^ ^;;

まあ40代一人暮らしでコンロ3ついっぺんに使わないし、魚は食べるのは好きだけど、死んだ魚の顔が苦手なので切り身以外使わないのです...。
とはいえ、鯵の開きくらいは食べたいなー、安いしなー、と思ってたところ、魚の煙に悩まされないらしき『フィッシュロースター』なるものが割と安く買えるらしいのでだいぶ前から購入を検討しつつ「めんどくさいから大戸屋で食べようっと。」と、アジやサバやホッケを食べてます。

金目鯛の美味しさって何なのかなあ〜。
不味くはないんだけども〜。
美味しいんだけども〜。
何がどう美味しいかというと、何も説明できない...。

舌が庶民なんでしょうかね。。。

自分用お土産としては、王道!わさび漬け。



わたくし、これだけで日本酒3合くらいは飲めちゃいます。
ごはんのおかずにもなるし、わさびって素晴らしい。
関東でもわさび栽培できるように頑張ってほしい。
そして世界中にフレッシュなwasabiを輸出して、世界中のスパイス文化に驚きを与えてほしいわっ!

帰りの新幹線は日時指定の指定券をいただいていたのですが、とっとと帰りたかったので時間変更して10時代くらいの便に乗りました。
土曜日の午前中。
30代以下と思われる若者たちでいっぱいでした!!
半分近くが新横浜で降りました!
東京駅まで行ったのは一両のなかで20人以下だったと思われ!
横アリかな?何があったのかな?



おばちゃん、金目鯛弁当ガツガツ食べながら、隣の青年男子たちの会話に耳ダンボでした。
たぶん私より若い、30代半ばくらいだと思います。
2人とも妻と子供がいるようで。
小柄な子の方が、奥さんがパートだかアルバイトだかしてて、そういう立場なのに子供の学校行事とかマンションか何かの会議とかがあるとパートだかアルバイトだかを休まざるをえないのですが、それをすっごい責められるとな。
奥さんがパート休むと仕事が回らない状況になってしまうとな。
大柄な子の方はとても『語る』タイプで。
大柄な子は子供が少なくとも2人いて、自分も奥さんも正社員で、基本給や有給は保証されてる。
『だからって実際自由にはならないけどな〜。』
アルバイトやパートで働いてるのは、経営者側の考えとしては「休まれると困る!」っていうのは分からなくないけど、昇給も望めない、ボーナスもないけど時間の使い方に融通を利かせてもらえるからそういう立場を選んでるのに、昇給させないボーナスやらないシフトに融通きかせない、責任は正社員と同等に押し付けられ、家庭の都合があって休みを取ろうと思っても非難される。
それって酷いよね!
だったら正社員にして育休とらせろよって話だよな!!
バイトやパートがいないと仕事が回らない状況にしてるお前らのやりくりが下手すぎんだろ!

...んで、小柄な方の奥さんがパート休ませてもらえないときは、旦那さんが仕事休まざるをえないんですって。
「僕正社員なのに、パートの奥さんが休み取らせてもらえないから代わりに僕が休みとってて、もう限界なんですよ。」
「だよな!だってさ、古い考えかもしれないけど、子供が生まれたらやっぱり、大黒柱って俺たち男じゃん。稼いでくるのは男の仕事ってとこ、あるじゃん。だって無理じゃん、小さい子供ってどうしてもお母さんお母さんでしょ、母乳で育てたらお母さん一瞬も離れられないし。そうじゃなくてもだよ?お母さんは傍にいたいんだよ。いるべきなんだよ。できるなら極力傍にいるべきだと思うんだよ。
だったらミルクで、ってそういう問題じゃないじゃん??そういうことを会社は全然分かってないんだよね。バイトやパートを縛り付ける会社なんてね、クソだよ。クソばっかりだよ日本の会社なんか。ホント酷いよ。ホント。」

暑いなぁ〜。熱いなあ〜。

と思いながら、どうやら彼らは品川で降りるようだったので、ちと早かったけど大荷物でテーブル上にもいろいろ広げてる通路側の私は、テーブル片付けて荷物を端に寄せて立ち上がって「つぎ降りられますよね。すみません、大荷物なので通路あけてみました。追い出すみたいですみません。」と言いました。
「あ、つぎ品川、あ、はい、降ります。じゃ行こうか。大丈夫?」
「うん、そうだね、大丈夫。」
と言った後大柄な方が
「すみませんありがとうございました!」
と言ってくれました。
見かけの割に腰が低いお兄さんでした...。
いやいや、追い出すみたいでホントすみません...。

団塊ジュニアのわたくし。
結婚無理な状態の40代。
最近の男の子は優しいんだなあ〜。
と、常々思っていて。
現在30代半ばの男の子たちって、優しいんだなあ...。
自分のお父さんお母さん家族も大事で、仕事で関わる団塊ジュニアの私のような独身オバさんをうまく利用し、失敗しても謝るのが上手。
私に子供がいないしね。
姪も甥もいないしね。
かわいい後輩たちの子供たちは、孫のようにかわいいです。

そんな、あどけなく幼く未熟な子供であった私は、殴る蹴る、人格否定、存在否定、この世の恥、発作を起こせば「うるさい迷惑千万今すぐ死ね」突然雨が降れば

「雨が何だ、こっちだってめんどくせーんだよ、もう風呂入っちゃったし着替えるのめんどくさいし化粧してらんないしとにかく寒いし濡れたくねえんだよ。1人で濡れて歩いて帰ってこい(20分くらい)」

なんども書きますが私の持病の喘息が治ったのは27歳の頃です。
精神科に通うようになって、向精神薬や睡眠薬を処方されるようになるまで、今すぐ死んでもおかしくない喘息発作のため、吸入器を持ち歩かないと外出できませんでした。
そんな病弱娘に

「傘?知らんわ。濡れて帰って来ればいいじゃん。風邪?ひくなよいちいち面倒くせえ。迷惑なんだよいちいち。濡れた制服?自分でアイロンでも使って乾かせ。雨のために親がわざわざ出かけるかこの穀潰し!!」

これが通常営業でしたので〜。
ダメ元で頼んでは、虚しく膝をついておりました。

田舎の、習い事とかをする子供たちは、習い事への送迎は当然、学校への送り迎えや、忘れ物を届けたり、具合が悪くなったら速攻迎えに行くのが、普通なんですね。
うちは小学生の頃突然の雨が降っても専業主婦の親が傘を持ってきたことは一度もありませんでした。
妹とは4つ違いなので、転校から戻ってきて私が5年生の時、妹は1年生でした。
私は出戻りなのでお友達はすぐできました。
突然の雨の時、みんなのお母さんは傘を持ってきてくれてました。
働くお母さんは、近所のお母さんに頼んで一緒に持ってきてくれてました。
うちだけは専業主婦で家でゴロゴロしながらサスペンスドラマとか見てるだけの親がなんにもしてくれないので、台風とかで一斉下校になった時とかは、妹がまだ1年生2年生で飛び抜けて小柄なのに1人で濡れて帰るのがあまりにも可哀想なので、昇降口で待ってて、傘はないんだけど
『かあさんは〜!蛇の目でお迎えきてくれないっ!ぴっちぴっちじゃっぶじゃぶびしょ濡れだっ!』とヤケクソに歌いながら一緒に帰っていました。
妹は、下の子であるのと、小柄なのと(私は子供の頃は長身でした)私みたいに好戦的で気が強くないせいか、甘やかされていました。

そういう過去もあり。
愛されてる子供たちや、自分の子供を愛して愛してやまず、自分の全てを子供の幸せのために使い果たそうとしている友人たちを見て、つくづく思うのです。

私たちは失敗例。

新幹線で隣にいたお父さんたちは、子供のことを思って働き方に悩んでる。
私の父は、おっぱいがどれくらい大きくなったか確認をするのだ〜と言って身体中触る。
新幹線で隣にいたお父さんたちは、上の子がバレエをもっと頑張りたいというので、お金はかかるけど、それは親として応援したいから、やりくり考えるよね。と話してる。
私は、そんなもん、プロになれるわけでもない習い事なんか大人になって自分で稼いだ金でやれ。
と、言われました。
新幹線のお父さんたちは、習い事は、子供が今やりたい続けたいと思っているなら、将来的に無駄になることは一ミリもないんだから、親としての限界まで頑張らせたい。と言ってた。
私の親は、
「おまえのような家の恥を外に出せない」
「私だってやりたかったのにやらせてもらえなかった。それをお前が私の金でやるなんて。許されると思ってるのかこの穀潰し。てめえで稼げるようになってから自分でやれ。」

母は専業主婦なので自分で稼いでいません。
それも、九州男児の父が「嫁に働かせるなんて!」みたいな感じで辞めさせたらしいです。

私は高校生の時バイトも禁止されました。
一応校則としても禁止なのですが、夏休みとかはまあ、適当にやりますよね。
うちの場合
「あんたみたいなのをバイトなんかさせたらうちの恥が広まるばかり。行かせるか!(殴)」

お小遣いを増やしてくれと頼めば
「誰のおかげで飯食ってると思ってるんだ!家賃と食費払え!!」
「じゃあ払うからバイトさせて」
「だからお前はうちの恥!!外に出すのはうちの恥!お前に生きてる価値なし!!」

驚くと思いますが本当に言われてました。

私が存在していること自体、生きてること自体、彼女の恥だったんです。
当時は喘息が本当に酷くて、駅の階段を登るだけで力尽き、眠ることすらままならなくて。
全寮制の高校に入りたかったのですが健康面で無理でした。


42歳の今の私はとても元気です。
それは喘息の原因であった親からのストレスから離れる方法をみつけたからです。
母は自分の都合の悪いことだけ全部忘れてて、それを話す人間に対して罵倒します。
私に対しては
「何言ってるのそんなこと言うわけないじゃないあんた頭おかしいんじゃないのキチガイなんじゃないのキチガイよ、精神病院いけば?どう考えてもキチガイよ」
「だからお前のせいでキチガイになったからキチガイ病院に15年も通ってて全ての原因はおまえなんだよウギャー」
と、なって、父をしばしば困らせています。

私は40過ぎたのもあるし、愛を育む心はとうの昔に死んでいるので子供を持つことはないでしょう。
妹夫婦は仲良しですが、子宝に恵まれません。
どちらに原因があるわけでもなく、ただ、うまくいかないだけらしいです。

こういうことを言ってはいけないのでしょうけれど。

愛されなかった子供は、子供を成せないのかもしれません。

よく、毒親の子供は早く子供を産んで苦労する系のことを聞きますが。
うちの場合。
妹が結婚する前に、私に相談事なんかしたことない彼女が私に言いました。

『他人に優しくすること、大切にすること。それが何をすることなのか全くわからない。
Kちゃんと家族になるにしても、どう気を使えばいいのかわからない。
もし子供ができても、どう育てるのが幸せなのか全然わからない。
自信がない。全くない。
誰かの家族になって誰かのために優しくすることが何なのか、全然わからない。』

私に比べれば幸福な子供時代を過ごしたと思っていた妹が、わけのわからない親の言動に対して完全に心を塞いでやりすごしていたことを初めて知りました。



小さな幸せが欲しいだけなのに。
どうしてこんなに苦しまなくてはならないのかしら。


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