2019/08/01

虐待児だったわたし。幼い恋を諦めて無視した心の痛み。

わたしが小学校入学したのは、新興住宅地の開発に合わせて新設された小学校。
私たちからすると、ひいおじいちゃん以前からその土地で生きている同級生もいた。

わたしの両親は九州の生まれ育ち。
わたしが小学校に入る直前に新興住宅地に入ってきた。
なので、昔からここで生きている人々とのギャップは逃れようがなかったけれど、他所から来た人が多かったので、他所の者の私たちとしては他人事だった。

当時は分からなかったけど。
地域密着で育った人たちは、お祭りやらなんやらで違う地域の人たちとのバトルがあったそうな。
どこにも属さない私たちは、他人事。

学校ではそんな話出ませんでしたね。
他所者の方が多かったし。


出戻り転校生のわたしにY君が興味があるという噂はすぐに立った。
文武両道のY君。
けどまだ11歳くらい。
ただ単に物珍しさで興味を持っているのは推測するまでもなく。

自分で言ったら怒られるでしょうけど、わたしは可愛かったらしい。
刺と毒をまとった生徒。
家庭でのストレスのためわけわかんない病気になって、週に一度は通院のため遅刻していた。


中学3年の時からかなあ。
通院のため遅刻するわたしの部屋が見えるルートでY君は通学していた。
ブラインドの隙間から、毎週、見てた。

告白?

それが成功してしまったら、他人との距離感をつかめないわたしには、残念さしか与えられない。

すぐにお別れしたでしょう。

言うまでもなく、Y君は知らない遠いところへ就学しました。

「お前にはこの世に生きてる価値がない」
「この世の恥。お前の存在は私の恥だ。死にたいくらいお前はわたしの恥だ。」

そんなことを毎日言われったら。

Y君、好きでした。
...て言ってもね。

Y君が私のことを好きだという噂は、誰かが流したこと。

第二ボタンだけ残して私を探していたらしいY君。

今だから言えること。

ボタンを受け取ってもらいたいなら、探して待つんじゃなくて、渡しに来いや!!!

www。


今思えばね。
どこの高校に進学するのか。
お手紙書いていいかどうか。
それっくらい聞くべきだったんでしょうけどね。

当時のわたしは
「少しでも私を好きなのならば、私が請わなくてもくれるでしょう?
くれないなら、その程度だったのさ、私。」


Y君のことはずっと尊敬していた。
Y君が私に興味を持ってくれてることに気づく日もあった。

だけどなにもできなかた。

今ではね。
17歳の少年のピュアな恋心をね。

私が潰した。


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