2015/01/29

メンタル#4…小学生時のこと

メンタル#1…幼少期のこと
メンタル#2…幼少期〜小学生時のこと
メンタル#3…小学生時のこと
の続きです。

前回のエントリ、長過ぎましたね…
ざっくり書いたあと手を入れるとどうしても長文になってしまいます。気をつけます。


今、家族のみの席でネタとして話しても母は「嘘だ!」と譲りませんが、小学4年生くらいにして、私はすさまじい量のお使いを頼まれていました。
私は一応いい子ちゃんだったので、お母さんの役に立てるなら。と、できる自信がないことでも、困ったら誰かに聞けばいいや。と、まあ結構なんでもやってました。

わたしは痩せっぽちだったのもあって、太るようにというのもあり、牛乳を1人で毎日1リットルくらい飲まされてました。
水代わりですね。
毎日か、2日に1回は4リットル分を買ってました。
関西の小学校にいるとき、小学生の足で10分くらいかなあ、歩くところにあるスーパーへしばしばお使いを頼まれ。
牛乳4本、お肉を何か適当に。じゃがいも。なんとか。かんとか。

これ毎回。

今だから思うんですけどね、小学生の徒歩のお使いに、牛乳4本は無理です。
1リットル4本ですよ。
それだけで4キロですよ。

袋詰めして持ち上げた時はいけるとおもうんです。
でも、どんどん重くて辛くなってゆくんです。
だんだん、10歩ごとに休むようになります。
まだ半分だよお…ぜえ、ぜえ。

お肉は、母はメニューから素材を考えず、素材からメニューを考える人なので、自分が買い物に行きたくないときはよく「なにかお肉」いう指示でお使いに行かされました。
当時、自分の一ヶ月分のお小遣いが500円あったかなかったかくらいなので、適当に買ってこいと言われても1パック500円を超えるともうビビってしまうので、私が買ってたのはいつも鶏胸肉でした。
今でも鶏胸肉ばっかり買ってます!

父はなんだかんだでほとんど家にいなかったので子育て完全に他人事でしたが、私が成人して精神崩壊して、手首切ったりODしたり死ぬ死ぬ騒ぐようになってから慌てて私の話を少しは聞くようになりました。

先日父に、
『関西にいた時に、お使いのたびに牛乳4本頼まれてた。
無知な子供だから何も考えず引き受けてたけど、あまりにも重たくて毎回くじけそうだった。』
と話したら仰天していました。
牛乳4リットル、大人でも持ちたくないのに、そんなのやらせてたんか…
「そら大人でも嫌だわ!!」
「でしょ。やってたのよ。大変だったんだよ。」

もう何もかも遅いですけどね。
何もかも。

そして他人事のようにしていた父は、私の体をまさぐりまくり、いやがるのをくすぐりまくり、そのせいで私は喘息の発作を何度も起こしました。
もちろん父は今でもそれを反省する気はありません。
「だって構いたかったんだもん。親心だ!!あんたには分からん!!」

だからって喘息の発作を起こすまでやるのはまちがってるし、そのせいで男性不信になったのをあのひとは理解していません。


関東の学校に戻り。
私がいなかったのは2年ちょっとだけですが、クラスが増え、クラス替えもあり、引っ越して行っちゃった子、知ってたけどはじめて同じクラスになった子、仲良しだったけど今度は違うクラスの子、などなど。
お友達作りには困らなくて、前から知ってた子と改めてお友達になれたり、結構楽しく忙しかったです。
3学期の途中という変なタイミングで戻ってきましたが、学年が変わったらまた班長とか学級委員とかやらされてました。

6年生の時の担任が、転校前から嫌いだった先生でした。
いやだな〜。と思ってたら、ホントに、とんでもない先生でした。
このネタだけで本が一冊書けるくらい無茶苦茶でした。
私はちょっとリーダーシップがあったらしいのですが、塾には行ってなかったし、中学受験なんてモノの存在も知らないくらい特に勉強をしてない子供だったのですが、なんかそれなりに勉強ができたりしてたらしいです。当時は。もう見る影もないですが。
んで、私が何故か解けちゃったテストの問題を、難関校に中学受験する子が解けなかったらしく、担任に怒られてました。
そこまではともかく。
「Namiも解けてるのになんであんたができないんだ!!」

…え?
いま何か言った??

彼女はだからと言って私をいじめることはしませんでした。
なんかよくわからない不思議なサークル的なものを彼女が作ってて、テストされて、私は不合格になったらしいです。
なんかそのテスト?のだいぶのちに、私にそれを打ち明けてくれましたが、全然意味が分かりませんでした…。お勉強させられてる子って、考えてることの次元が私とは全然違うんだなあ…そのサークル的なもの、意図が全然分かんないから、合格しなくてよかったわ…
みたいな。


6年生のその無茶苦茶な担任のとき、ある男の子が登校拒否するようになりました。
私が戻ってきた時に初めて同じクラスになった子で、私は結構楽しく普段お喋りしてたし、戻ってきた当時何かと関西の学校との違いを比べる発言をしていた私に
「だったら関西に帰れよ!」
と彼は言いましたが、私は

『ああ、そうか、こういう話し方をすると、こっちの学校を否定してるように聞こえるよな。こういう言い方は今後止めよう。』

と気付きました。
この点は、本当に彼に感謝をしています。
彼がああやってバシッと言ってくれなかったら、私はズルズルとああいう言動を続けていたと思います。

そんな彼が学校を休みがちになり。
ある日、クラスの女子は自習になり、男子は全員、隣だったかの社会科資料室に呼ばれました。
まともじゃない状況。ってか、この担任のもと、まともな状況だったことは皆無ですが。
私はその時も班長だか学級委員だかをやっていましたが、これはたぶん男子が酷い目に遭うぞ。と思い、自習している教室を抜け出して、社会科資料室のドアの下の方の空気穴のところから四つん這いで中をのぞきました。
(女子たちは多分、そんな私を見て見ぬ振りをしてたんだとおもう。笑。)

そしたら。
20人くらいいる6年生の男子。
まだ細くてちいちゃい子もいます。
全員並んで正座。
それを端から順に担任が平手打ちしていきました。

ありえない。
ありえない。

登校拒否しちゃった彼をからかってるのかいじめてるのか、そういう子もいますが、明らかに無関係な子もいるのに、男子というだけでまとめて全員平手打ち。
ありえない。

私はそっと教室に戻って、一人で怒りをフツフツさせていました。
女子たちはたぶん私の様子で、何が起きているかを察したと思います。

男子たちが戻ってきて。
私は同情と怒りの気持ちをどうすればいいのかわからず。
男子たちは誰も何も言わずに黙ってました。涙目の子もいましたが何も言いません。
言いようがないですよね。
私も、端からぶたれているのを覗き見してたとは言えないので、誰かが何かを言い出すのを待っていたのですが、誰も何も言わないので、私も聞くことができませんでした。

それから15年後くらいに、当時の同級生の男子にその時の話を聞くことができました。
登校拒否した子をみんなでいじめたのは本当だそうです。
最初は冷やかしとかからかいだった。そしてそれが徐々にエスカレートしてゆき、止めなくてはと思っても、もう止められないくらい勢いがついてしまって、いまだに後悔をしていると。
登校拒否してた子とは、私は中学でも同じクラスになって、隣の席になったり、たまたま同じカンペンケースを使ってたり、小学校の最後の2月には、チョコ頂戴!ってずっと言ってたので、私には本命もいなかったもんだから、近くの酒屋で買ったガーナチョコレートをあげたくらい結構仲良くしてたんだけど、中学2年生のとき学校に来なくなったまま転校してしまいました。


小学生の時の後半の記憶は、トンデモ教師への怒りと、トンデモ教師の罵倒のなかでみんなでどうやって生き抜くかを考えることでアタマがいっぱいだったのか、家庭でのことはよく覚えていません。
覚えてることのひとつは、そんな嵐のような日々のなか、誰かが、YくんはNamiちゃんのことが好きなんだよ。と言ったことです。
小柄で坊ちゃん刈りだけど、塾に行っててスイミングスクールにも行ってて、スポーツなんでもできて、勉強もできて(よくわかんないけど学校の勉強しかしてない私よりとっくに先に各教科を理解してることには気付いてた)当時はたしか私より小柄だったけど文武両道でおとなしそうな彼が何で私みたいな口やかましくて痩せっぽちで色黒で、走ればビリ、ドッジボールは逃げるだけ、投げても地面に落ちるだけ、給食食べきれずいつも一人で居残り給食の私なんかを好きになるんだろう。と不思議でした。

振り返ると、この時点で私自身も登校拒否になったりしておかしくなかったんですよね。
あの時の担任は児童たちの前で堂々と「良い子」「並の子」「ダメな子」とカテゴリ分けをして、良い子はおだて、並の子は顎であしらい、ダメな子は罵倒しまくってました。
ありえないです。
「良い子」カテゴリにいた私は反骨精神旺盛なタイプでもあったので、理不尽な指示のもとリーダーをさせられるのが嫌になって、指示をほっといたことがあります。
そのとき
「ふーん、Namiはもうみんなを引っ張ってくのやめるんだ。」
とクラス全員の前で言われ
「はい。」
と答えました。
男子を端から順に平手打ちしたみたいにするならやりやがれ。
と歯を食いしばって担任を睨みつけて待っていましたが、
「じゃあもう頼まない。」
と言われて終わって拍子抜けしてしまいました。
平手打ちされたらその足で職員室に行って全部わめいて、そのまま校長室に乗り込んで行こうと思ってたんですけど、お釈迦になっちゃいました。。。

続きます。


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