ハイパワー晴れ女だったはずのわたくし、パワーを使い尽くしたようです。
今年の野外現場、ことごとく雨でした...。
できるところまでやってとりあえず今日は終わり〜。
とか、
不本意ながら今回は屋内での開催にしましょう。
とか、
クライアントに見せないといけないから。と、ずーっと雨の中、待避所はトラックの荷台で、終電まで雨に打たれて作業したり。
この時期になって虫除けスプレーを必死に探して挑んだ野外現場があっけなく屋内開催になったり。
うむむ。
なかなか辛かった夏もそろそろ終わり。
秋に向けて。
海外公演の同行は見送りになり。
そこへガシガシ入ってくる仮押さえ。
今年の私はなんなんでしょうか。
全体的に催事が多いのでしょうか。
技術者の数が減っているのでしょうか。
たまたま私にご縁が増えたのでしょうか。
先日はちょっとしんどかったけど、とても興味のあるイベントで、客席後方で立ちっぱなしだけど良い古典作品を観ることができました。
すごかったなぁ〜。
私は幼少期から、引越しとか転校とかが多かったのもあるだろうけど、ほぼずっと学級委員とかで単独行動させられて育ちました。
やりたくないのに、いつのまにかなってるのよ〜。
中学校とか高校になると、内申点稼ぎで、そういうタイプじゃなかったはずなのに唐突に生徒会に立候補して就任したはいいけどな〜んにもしない連中がいたので、少しは免れましたが。ずいぶん尻拭いさせられたけどね〜。
何故私なんだ。めんどくせー。立候補したなら自分でやれー。
私がやってる仕事は「みんなと一緒」という意識だと全然無理です。
課せられた任務を遂行するためにあらゆる手段を使います。
私も20代の頃なんか特に、いろいろいじめられましたよ〜。
離れていった元友人もいますよ〜。
ひとりひとり考え方も立場も違うから、自分の意思で考えて行動する。
こういう私にとっては極々あたりまえのことで怒りを買い、私と口をきかなくなった人はたくさんいます。
めんどくせー。
今年は自分の仕事がちょいちょいありました。
ひとつは、主催者が夢見すぎてて話が全く通じなくなって無茶苦茶なので本番10日前に全部辞退。それでも観に行ったうちの両親は舞台とか音楽とか全然わからないんだけど、まあ満足したらしい。
状況聞いたりSNSとかで探すと案の定呆れるほどの無茶苦茶な内容になったと思われるんだけど、
「やっぱり無茶苦茶だったか〜」
とぼやきまくる私に母がキレて
「素人でもいいものはいいのよ!!それは認めなきゃダメよ!」
と言い張り(母はそういう人です)
「よくない!どれもこれもプロが乗り打ちでやることじゃない!あのまま関わってたら恥しかないわ。」
「素人でもいいものはよかったのよ!!」
「私はプロの仕事をしたかったんです!結果的にド素人のしっちゃかめっちゃかだったんじゃ、断って正解だったわ。」
「素人をバカにしてるの!?」
「本人はプロのつもりでも実質素人以下なんだもん。それで私に無茶苦茶な喧嘩売ってくるんだから手のつけようがありません〜。素人仕事でいいなら私を呼ぶ必要ありません〜。」
「素人でもいいものは作るのよ!あんた何様のつもりなの!?」
「プロでーす。」
このへんで父が慌てて
「Namiあんたもう帰りなさい!」
(カニ食べに来いと呼んだのはあなたです〜。)
私は売られた喧嘩はもれなく買いますので、昔から、ちょっとおかしい母の偏執的な考え方に真っ向勝負すると
「あんたキチガイ?精神病院行きなさいよ、キチガイよ。」
「はい、あなたの娘はキチガイなので精神病院に15年以上通ってます。薬もいろいろ飲んでます。原因はあなたです。」
「あんた何様のつもりなの??」
「Namiさまで〜す。」
「今すぐ入院しなさい、キチガイは。このキチガイ!!!恥さらし!!死ねば!?」
「入院すべきはあなたでーす。主治医が言ってまーす。精神科の診察受けなさーい。」
ここらへんで父が
「わ〜、もうNami帰りなさい!!」
「だからもうここには来たくないって言ってるのに。」
「今日はとにかくか・え・り・な・さ・い!!!」
本当は実家とは縁を切りたいんだけど、父が人たらしというか人好きで、とかなんとかいろいろあるんでしょうけれども非常に異常にしぶといので、情に負けてたまに顔を出すとイカレテル母と私が大げんかする。の、繰り返しです。
うんざりです。
こういう状態で。
父が母より先に死んだら、母には社会性が全然ないので諸々の手続きができないことを見越して、父はエンディングノート作成と終活を進めています。
どこぞにしまってあるファイルを見たら、父の逝去を連絡して欲しい人のリストとか、金融機関などなど手続きが必要なこと全般をまとめてあるそうです。
父方はガン家系で、父自身にもガンが見つかって、放射線治療やホルモン治療をしながら70過ぎてるのに仕事もしながら旅行とか行きまくってとにかくじっとしてない人です。
母の引きこもりっぷりは、私には全然理解できません。
趣味はたくさん持ってるので、カルチャースクールとかに行ってお友達作ればいいのに。
と思うんだけど
「気の合わない人に会うの嫌だからそういうところには行かないの。」
(気が合うか合わないかは会ってみないとわからないと思うけど、会ってないうちにそう決めつけるのは、誰かからリスペクトを受けようという気持ちが全然なくて、自分の考え方に全面的に同意してくれる人としかお友達にならない。ということなのかなと最近思ってる。けど私には全然理解不能。)
100人と知り合ったら、そのうち3人か5人くらいは、せめて習い事の時くらい楽しく過ごせるお友達が見つかると思うんだけども。
幼少期から転校などでお友達との出会いと別れを強制させられて、近所に親族が全くいないまま育った私と、田舎生まれ田舎育ち、転勤族にお嫁に来ちゃって知らない土地でひきこもり育児しかすることがなかった母では、まさに生きてきた『土壌』が、違うのかな。と最近思います。
私は、無礼な人や図々しい人やデリカシーのない人などなどには正面切って対応します。
売られた口喧嘩は絶対負けません。
こういう性格を
「態度がはっきりしてる」
と言う人もいますが、
「空気読まない変人」
と言う人もいます。本当に言われました。
全然別の話ですが、私はムーミンのミーが好きで、バッグのファスナーにマスコット人形つけてた時。
当時派遣OLとして働いてた、登録のタイミングでは後輩にあたる人が
「ふ〜ん。ミーみたいに根性ねじ曲がってるところあなたそのものね。」
と言ってきたことがあります。
は?
この人私のことをそう思ってるんだ。
根性ねじ曲がってる???
いや、嘘がつけないから直球発言をしちゃってる自覚はあるけど、根性ねじ曲がって??はぁ??
もうこの人に関わるのは最小限にしよーっと。
と、いうことがありました。
なんかもうタイトルと全然違う話だし、かといって別タイトルも浮かばないので今回はここまでにします。
高村光太郎は書きました。
僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る
(続きはオリジナルを読んでください。『道程』、1914年。)
←Amazonに飛びます。Kindle版です。
『道程』 高村光太郎
未来は自分で切り開く。
今年の私はまさにそのタイミングです。
不快に思っていた関係を絶つことによって、良い関係との出会いがある。
それはただの占いではなく、自分の力で生きて行きたいならば、動かなくては。
今年はそれを思い知らされています。
今年もあと4分の1を残すのみ。
なんてこった〜!!
あと3ヶ月、突っ走るぞっ!!!
0 件のコメント :
コメントを投稿