2022/11/25
熊本は広かった。
2022/11/23
旅公演ひとつおわった!
旅公演の熊本シリーズから帰ってきてます。
今回はド田舎の学校でのツアー公演なので、近隣にビジネスホテルがありません。予算超えちゃうのでツインにされちゃった観光ホテル近くには、食事できるお店があってもあっという間に夕方にはクローズしてました。
あと10カ所くらい、私の身近なメンバーが入れ替わり立ち替わりで、2月まで?
会場が劇場じゃないから、事前情報がぼんやりしてるので、行くまでヒヤヒヤです。
公演後ワークショップがあって、その間私たちは撤収作業をしているのですが、ボスの指導が良いのでしょうけど、みんなとても楽しそうです。先生たちも本気で頑張って参加してたりもして面白いです。
私は今のところ来年あと一ヶ所です。
2022/11/20
数年ぶりの飛行機
仕事で熊本に行きます。
私には珍しく、仕事で飛行機移動。空港が久しぶりすぎて手荷物の預け方とかわかんなくてワタワタしました。
一応二十代の頃からヴァン経由のゴールドカード所有者なのに、ラウンジを使ったことがなかったので今回初めて利用してみた。
2022/11/11
がん患者の家族の心労
私はがん家系なので、がんになると思ってたし、それが乳がんだったから、全摘出しても命に影響ない部位ですので「がんになっちゃった〜」と両親に伝え、生まれて初めて父が病院の付き添いと送迎を全部してくれました。
わたし、子供の頃病弱で、夜間救急行ったり学校も休みがちだったり原因不明の症状で無茶苦茶だったんですけども、まあ、今思えば虐待児でしたので。雨が降って傘持ってなくて迎えに来てほしくても「めんどくさいから濡れて帰ってこい」でしたし、喘息の発作で死ぬかもと思ってる時に「うるさいんだよ!自分で何とかしろ!」でしたし、怪我して足引きずってるから迎えを頼んだら「めんどくさい、びっこひいて帰ってくれば?」という環境で育ちましたので、今更毎回の付き添いをされても正直めんどくさかったです。なので、ホルモン療法が落ち着いてきたところで実家と連絡とるのをやめました。会うのも避けてます。
実際、父は前立腺がん、母は腎臓がんと副腎がん、私は乳がんで。抗がん剤やったのは私だけです。温度差もあるんだけども、今まで散々虐待してきたくせにここにきて心配しただの何だの言われると○したくなるので。
仕事でよく会う、12歳くらい年下の男子の家もがん家系で、私が手術日程など公表した時たぶんいちばん衝撃を受けていました。
おじさんおばさんをがんで亡くしている上、お父さんも亡くなっていて、お兄ちゃん、私も会ったことあるお兄ちゃんはたぶん30才になるかならないかで大腸がんを患い、結構大変だったそうです。
お兄ちゃんは今は安定しているっぽいですが、コロナワクチン接種について、基礎疾患あるから受けた方がいいかやっぱりやめとくか、弟である彼が心配してて「namiさんワクチンどうするんですか?」「わたし普通に生活しててインフルエンザにも罹ったことないからコロナワクチンはもういい〜」なんて話をしています。
うちの妹は完全に他人事ですね。お見舞いなんてひとつももらってない。良いけど笑。次はあなたよと脅してますがあまり効いてないっぽい。
わたしは家族愛に乏しい育ちなので、やっぱりこんなもんか。と思ってます。
家族のことが何よりも大事、世界が滅亡する時は家族と一緒にいたい。というような方々は、家族ががんになったらとても辛いんだろうなあ。
私にとっては、抗がん剤やることになったと知ったらすぐに大量の美味しいものをお見舞いに送ってくれた会社や、肌触りの良い部屋着を送ってくれた友人や、手術前後に励ましの連絡をくれた乳がん仲間の友人や、仕事復帰後体調を気にしながらシフト組んでくれた皆さまへ感謝の気持ちがいっぱいです。家族はべつに、保証人関係があるからしょうがない程度だなと感じました。
家族大好きな人の、がんの家族への心配の気持ちは私には結局わかりませんでした。
何だか最近虚しいの。たぶん、手術を乗り越えようとか抗がん剤の不安との戦いや、仕事復帰どれだけできるかの葛藤を越えちゃったから、目標が何にも無くなったせいだと思うの。何か推し活とかしたいなあ。
2022/11/10
乳がんはさっさと見つけてさっさと治療しよう。
私はしこりに気付いていながら、健診でのむかつく乳腺科医の
「嚢胞なんか癌になりません、私は乳腺の専門医です、こんなもん癌にはなりません!」
と言い切るアホ医者の言葉に
「言うたな、言うたな、癌にならん言うたな!!」
と、しこりを感じても「乳腺石灰化が大きくなったんじゃね?」とほっといて、さすがに変だと思って受診したらやっぱり乳がんだった人です。
私の場合たまたまおとなしくて大きくなるスピードがすんごい遅いタイプを何年も放置して大きくなっちゃって全摘出という結果でしたが、これが、大きくなるスピードが早いタイプだったらわたし多分もう、ここにいません。
のんびりタイプだけど放置しちゃったからリンパ節転移少ししてるし閉経前だから抗がん剤しました。がん家系だから覚悟してたけど、おなか切らずに抗がん剤頑張ればいいなら他のがんより絶対楽〜!
とはいえ薬物アレルギーとかあると抗がん剤しない方がマシだったりするみたい。私はそれなりに副作用あったけど、最後の抗がん剤投与からもうすぐ1年。かつら卒業して、力仕事もそれなりに復帰して、側から見たらほぼ元通り!
かつら中を知ってる人も、結構元気だったからか、かつらがフィットしてたのか、地毛になっても何も言ってくれないし、かつら卒業後に知り合った人は私がカッパみたいな髪型の理由なんて聞かないし、右腕が地味に不自由なことなんか知らないし、何でか知らんがアラフィフに見えないせいか若い子たちが重量物預けてどっかいっちゃう。私はフリーランスなのであまり厳しく言える立場ではない。
乳がんのタイプによっては見つかった時点で余命宣告とかあるみたいですが、早く見つけて早く取っちゃってさっさと治療すれば、かなり早く元通りの生活に戻れます
子供産みたい世代の方は辛いだろうけど。。。ドクターたちとよく相談してください。。抗がん剤やホルモン療法やると子供産むのはたぶん難しい。。。
私の場合、抗がん剤半年。そのうち味覚障害に悩まされたのは3〜4ヶ月です。私はパクリタキセルの時に味覚だいぶ戻りました。脱毛は嫌だけどかつら楽しいです。ゼロから眉毛描くのもつけまつげも楽しかったです。つけまつげ買いすぎた。余ってる。
手術怖かった!抗がん剤怖かった!だけど医師と看護師と薬剤師がサポートしてくれます。麻酔科チームも頑張ってくれました!低血圧で不眠症でアルコールにすんごい強いって、すんごいめんどくさいみたいです。だけど目覚めすっきり快適気分爽快で目覚めました。
いまカッパみたいな髪型で仕事してるんですけど、みんなあんまりそこに触れないんですけど(私はいじってほしい)「まあすぐ伸びるでしょ、ちゃんと生えてきてよかったね」的な雰囲気です。
何かのがんにはなると思ってたけど、乳がんでよかったです。
これ以上他のがんになりませんように。。。。